この日記は、私が2000年に日本へ留学していた頃に書いたものです。
当時の日本社会の様子や、留学生活の中で実際に経験した出来事を、当時の日記をもとに振り返りながら、シリーズとして少しずつ紹介していきたいと思います。
今から26年前の日本は、いったいどんな社会だったのか。
そして、当時の日本で暮らしていた一人の韓国人留学生が、何を見て、何を感じ、どんなことを考えていたのか。当時の記憶をそのまま残すため、できるだけ当時の日記の内容を生かしながら綴っていきます
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アメリカ同時多発テロ2001年9月12日(水)
私たちの寮では、韓国のテレビ放送を見ることができる。
時には生放送で見ることもあるが、ほとんどは録画された番組だ。私がよく見ているのは、韓国で夜9時に放送されるKBSニュース。こちらでは1時間ほど遅れて放送されるため、いつものように夜10時頃から、その日のニュースの最後のスポーツコーナーを見ていた。
すると突然、隣の部屋から電話で話している声が聞こえてきた。
「第三次世界大戦が起きたぞ!!」
「早くテレビを見ろ!」
「大変なことになった!!」
「本当に第三次世界大戦が始まったんだって……」
「アメリカで……」
その言葉を聞いた瞬間、何か大変なことが起きたのだと直感した。
私はすぐにテレビのチャンネルを日本のテレビ東京に切り替えた。
すでに事件は発生してからかなり時間が経っており、事態は大きく進展していた。興奮した日本人アナウンサーの声を聞けば、それがただならぬ事件であることは十分に想像できた。
アメリカ・ニューヨークの世界貿易センターがテロ攻撃を受け、炎に包まれている。
そして、しばらくすると、二つの巨大なビルが跡形もなく崩れ落ちていく。
その光景が生中継で、日本中、いや世界中に伝えられていた。
ハイジャックされた民間航空機が世界貿易センターのビルに正面から衝突する瞬間。
その映像は、まるで映画のワンシーンとしか思えなかった。
恐ろしく、悲惨な光景であるはずなのに、私にはむしろ「映画館で何度も見てきた場面」のように感じられた。
あまりにも現実離れした光景だったからだ。
しかし、それは映画ではなかった。
今、この瞬間にアメリカで実際に起きている出来事だった。
テレビ画面には、現実とは思えない光景が次々と映し出されていた。
日本と韓国、ニュース報道の違いこの事件に対する日本のテレビ局の報道姿勢を見ていると、かなり冷静さを失っているように感じた。
まるで芸能ニュースを中継しているような印象さえ受ける。
幸い、私たちの寮では韓国のKBSも見ることができ、この日は韓国側の報道も生放送で見ることができた。
韓国の報道は比較的落ち着いていた。
もちろん現地から入ってくる速報を伝えながら、今回の事件が今後、政治、経済、国際社会など各方面にどのような影響を及ぼすのかについて、比較的冷静な雰囲気で解説していた。
一方、日本の多くの民放テレビ局では、アナウンサー自身が興奮しているように見えた。
息を切らすような声でニュースを伝え、視聴者を刺激するような映像や、現場の生々しい映像を繰り返し流していた。
見ている側まで冷静さを失い、興奮してしまいそうな雰囲気だった。
もちろん、今回の事件がこれまでに例のない超大型テロ事件であることは間違いない。
当時は犠牲者が1万人を超える可能性もあると考えられており、正確な被害状況さえ把握できない前代未聞の事件だった。
しかし、報道機関の責任とは、起きた現実をそのまま伝えることだけではないのではないか。
国民を少しでも安心させ、社会を冷静に見つめる視点を与えることも、報道の重要な役割ではないかと思う。
そういう観点から見ると、日本の民放各局の今回の報道姿勢には、自分たちが先に冷静さを失い、どうしていいのか分からず慌てている一般市民の姿と、それほど大きな違いがないようにも感じられた。
特に私がよく見ているテレビ東京では、女性アナウンサーがどうしていいのか分からないような様子でニュースを進行していた。
さらに、
「私も昨年、世界貿易センターの展望台にあるレストランで食事をしたことがあります……」
といったコメントを何度も繰り返し、感情をあらわにしていた。
それを見ていると、まるで重大な国際事件ではなく、芸能ニュースの中継を見ているような錯覚さえ覚えた。
しかし、やはり公共放送であるNHKの報道姿勢は違っていた。
韓国のKBSと同じように、アナウンサーは落ち着いた態度を保ち、今後何が起こるのか、事件が国際社会にどのような影響を与えるのかを比較的冷静に分析していた。
「やはりNHKだな」
そんな印象を持たずにはいられなかった。
これは本当に21世紀に起こることなのかほとんど一晩中テレビを見ながら、私は何度も考えた。
「これは本当に2000年代に起こり得ることなのだろうか」
世界最強の国家であるアメリカで、これほど大規模なテロが起こった。
なぜ、これを防ぐことができなかったのだろう。
それまでのアメリカの外交政策が、今回の事件を招いた一因になったのではないか。
私は当時の自分なりに、いろいろと考えてみた。
アメリカは長年、中東においてイスラエルを中心とした外交政策を取っており、その結果、多くのアラブ諸国からの反発や反米感情が高まっていた。
さらに、ブッシュ大統領が推進していた外交・防衛政策にも、各国からさまざまな問題が指摘されていた。
その一つが、各国の反対を押し切って進めようとしていたミサイル防衛構想、いわゆるMDだった。
また、京都議定書からの離脱など、国際社会との協調という面でもアメリカに対する批判が出ていた。
当時、日本のテレビに出演していた専門家たちは、これからの21世紀の戦争は、ミサイル防衛網の整備だけでは防ぐことができないと分析していた。
敵国から飛んでくるミサイルであれば、MDによって迎撃できるかもしれない。
しかし、21世紀の社会は、より多様化し、グローバル化し、人と物と情報が複雑に行き交う社会になる。
今回のようなハイジャックによるテロや、港湾などを利用した武器の持ち込みなど、新しい形態の脅威が生まれる。
だからこそ、これからの時代には、従来とはまったく異なる戦争の概念と、それに対応する防衛システムが必要になるというのだ。
しかし、当時のブッシュ大統領の外交・防衛政策は、国家対国家という従来型の戦争概念を基本としていた。
今回の事件は、まさにその古い考え方では対応できない時代が来たことを示しているのではないか。
私はそんなことを考えた。
21世紀に必要な新しいパラダイム21世紀にふさわしい、社会のあらゆる分野における新しいパラダイムの形成。
誰がいち早く新しい概念を作り上げ、これまでの古い概念を打ち破ることができるのか。
それによって、21世紀の主導権が決まっていくのではないだろうか。
世界貿易センターが崩れ落ちる映像を見ながら、私はふと、これは単なる建物の崩壊ではなく、古いパラダイムそのものが崩壊する象徴なのではないかと思った。
この事件が私たちに問いかけるもの今回の事件が私たちに示していることは、非常に大きい。
第一に、アメリカの国家機関には何らかのテロ情報が存在していたとされているにもかかわらず、なぜ事件を防ぐことができなかったのかという問題だ。
真珠湾攻撃の際にも、アメリカ側には情報が存在していたにもかかわらず、攻撃を防ぐことはできなかった。もしかすると、今回の事件も、事前に防ぐことができた可能性があったのではないか。
そんな疑問が頭から離れなかった。
第二に、世界最強の軍事力を誇るアメリカの象徴ともいえる国防総省、ペンタゴンが、これほど凄惨なテロ攻撃を受けるとは、誰が想像できただろうか。
それを考えると、果たして韓国の公共機関は、ペンタゴン以上に安全な防衛体制を備えていると言えるのだろうか。
考えるだけでも背筋が寒くなる。
しかし、誰も自信を持って「YES」と答えることはできないだろう。
第三に、先ほども書いたように、21世紀型の新しい戦争やテロの形態に備えなければならないということだ。
つまり、これまでの古い固定観念を大胆に打ち破り、新しい時代に対応したパラダイムを形成する必要がある。
アメリカ主導の国際社会で、各国はどう生き残るのかアメリカが主導する国際社会の中で、その「隙間」を利用しながら、各国はいかにして自国の国益を最大化していくのだろうか。
そんなことまで考え始めると、ますます眠れなくなってしまう。
今日の夜も、長い長い夜になりそうだ。


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